「手の内に取り戻したい何か」を感じたいなら、発電所見学へ。

とある事情で行くことになった、火力発電所見学。

あまり詳しくは書けないけれど、これほどの巨大なタービンと発電機、これまた巨大な建屋内に8本も並ぶ姿は、圧巻の一言でした。

そしてその設備に圧倒されながら、熱くはならずに冷めてしまうモチベーション。

なぜ冷めるかというと…

自分たちの生活基盤を支えるために、こんな途方もなく巨大な設備や技術が必要なのかと思うと… 何だかやりきれない。

とてもじゃないけど、自分の手には負えない。そんなスケール感。

火力でこれなんだから、原子力なんて更に想像もつかない世界なんでしょうね。

そんな設備が必要になってしまうのも、中央集権型であるが故。

中央で大量に作ったエネルギーを、上から下へ分け与えて、下で受ける方は上に頼り切ることになるこの構図。

エネルギーシステムだけじゃないよなぁ。

政治、教育、労働、食糧生産… 何にでも当てはまりそう。

こういうのを見てしまうと、もう限界なんてとうに過ぎてんじゃないの?と感じる中央集権型構造。

ソフトウェア開発の世界でさえ、中央集権型のVCSは既に時代遅れ。まだSubversionなんて使ってるの?今や分散型のGitが主流ですよ。

分散型のメリットは、負荷分散だけじゃない。何かあった時のリスクヘッジにもなる。

できる限り分散型を意識して、少しずつでもあらゆるコトを自分の手の内に取り戻していこう。

なーんて、とりとめもないことを考えてしまった発電所見学でした。

飛躍しすぎ?

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